コロナ・母子家庭から、この国の人々の意識が見えてくる  2020/06/14

いつまで続くか予想もできない「コロナ」は、世界中の人々の健康面の脅威となっているだけでなく、人々の生活をおびやかして、経済的な問題をもたらしているが、もともとあった経済的弱者そ存在とともに、職を失う人たちの増加と政治の貧困が浮き彫りになって、社会は・・もともと大きな課題であった「地球の資源でもある人間社会の富を独り占めにしているごく一部の人間の大きな罪」を感じるのは私だけなのだろうか。

私自身が母子家庭で育てられてきたこともあって、いま問題になっているアメリカ發の「黒人差別」の問題とともに、ことに日本での「母子家庭の貧困」は、政治が光をあてない日陰の存在として、女性の社会・政治参加が世界でも底辺に据え置かれていることからも、政治や社会の動きは結局は国民一人一人の意識や生き方の問題に行き着くのではないだろうか。

〔(時代の栞)「OUT」 1997年刊・桐野夏生 深刻化する女性の貧困   朝日 2020年6月10日
 ■ひとり親ら、ぎりぎりの日常

 昼間のパートと、家事や育児の両立が難しくなった主婦たちの記事に、作家の桐野夏生さん(68)は目を留めた。主婦たちが「家族が寝た後の深夜に向かう」のは、弁当工場。その1996年7月の朝日新聞の記事は「土・日出勤も当たり前」とつづる。「すごく痛ましいと感じた」と、桐野さんはふり返る。

 「子育てや介護で家を離れられない女性たちが家計のため、自己犠牲を強いられる。『現代の奴隷』のようだと思った」。心に刺さった痛みに小説の舞台は決まった。

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 翌97年に出版された『OUT(アウト)』は、深夜のコンビニ弁当工場で働く女性4人がバラバラ殺人に手を染める犯罪小説。その取材で、最初に関東の小さな弁当屋を訪ねた。暑くて狭い調理場で揚げ物をする主婦は汗だくだった。時給は750円。ファストフードでバイトする高校生の娘より「安い」と嘆いた。

 バブル経済が崩壊して、「雇用の調整弁」であるパート労働は、買い手市場。スーパーのレジ係はフルタイムで働く若い女性が就き、子育てや介護の隙間に働く主婦には、厳しい労働が回された。

 桐野さんは知人の紹介で、小説に登場するコンビニ弁当工場で深夜0時から早朝の5時半まで、ベルトコンベヤーの前に立った。時給は昼間の2割増しで1050円。周りは40~50代の中高年主婦が多い。工場全体を冷やすので、コンクリートの床から伝わる冷えが体の芯の熱を奪う。休憩時間は無く、トイレは許可制で順番待ち。その体験を物語に生かした。

 小説の主人公たちは、姑(しゅうとめ)を介護するひとり親であったり、ホステスと賭博に生活費をつぎ込む夫に暴力を受けたり、ローン地獄に陥ったり、リストラで職場を追われた過去があったり……。「こんな暮らしから抜け出したい」。そうは願っても、低賃金から出口が見えず、何とも身動きがとれない。突破口への渇望が、主婦たちを犯罪へと突き動かす。

 作品を書く動機を、桐野さんは「母親たちはものすごく働いているのに、彼女たちの物語があまりない」と、自身の子どもが保育園のときに感じた疑問だったと明かす。

 父親が稼ぎ、母親は家事と子育て――そんな家族像は少数派になり、主婦たちは住宅ローンや教育費、家計の補助のためパート労働に。家族と低賃金労働の二つによる不安定さが増した。

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 小説では、ひとり親の主人公ヨシエは、つらい「現実を見ないようにすること」が生きる術(すべ)と考える。彼女は夫と死別だが、高度経済成長期に増えはじめた離婚は72年に年約10万8千組で、昨年は約21万組に。立教大の湯沢直美教授(58)=社会福祉学=によると、80年代後半から財政支出を抑えるために、家庭を重視する「家族主義」が介護などで強調された。主に生別の母子家庭に支給されてきた児童扶養手当制度では、85年の改定で支給額が抑制された。生別の母親にスティグマ(烙印〈らくいん〉)を負わせるような改定が続いていく。

 一方、女性の非正規雇用者は増え、昨年は1475万人と10年間で275万人増加。女性のひとり親家庭の貧困がクローズアップされ、子どもの貧困にも光が当たるようになった。独立行政法人労働政策研究・研修機構」によると、母子家庭の相対的貧困率は2018年、51・4%と半数を超えている。湯沢さんは「貧困は人々を抑圧し、意欲を奪う。弱い個人に押し寄せた歪(ひず)みはあらわだ。コロナ禍では経済給付に加え、緊急避難できるシェルターや居住保障も重視しないと、生存は守られない」と指摘する。

 ある地方都市のクラフト作家の女性(46)は、離婚して高校1年の長男と暮らすひとり親だ。約180万円の年収を得ていた作品の展示販売会がコロナの影響で中止に。マスクを作り、生活費に充てる。「カツカツの生活が立ちゆかなくなったら、私の食事を削るしかない」と漏らす。

 小説のタイトル『OUT』は「女性の心の空洞」を表現したと、桐野さんは明かす。作品から四半世紀近くたち、その「空洞」は、さらに広がっていないだろうか――。(平出義明)

 

 ■過酷な格差、コロナで相談急増 NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」理事長、赤石千衣子(ちえこ)さん(65)

 私自身、シングルマザーで、親たちが共同運営する保育所に子どもを通わせ、保育者として働いていました。改定されませんでしたが、未婚の母に児童扶養手当が支給されなくなるかも知れないと聞き、「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の前身「児童扶養手当の切り捨てを許さない連絡会」に1984年に加わりました。「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」が94年に設立され、ひとり親家庭の母と子どもを支援しています。

 男女や正規・非正規の賃金格差は女性やひとり親に過酷に影響します。子育てと両立しやすいパート主婦に合った労働を企業がつくり、蔓延(まんえん)させました。パートやアルバイトで働く母子世帯の母親の年間就労収入は平均で133万円。子どもと暮らすには、どう見ても少なすぎるでしょう。でも、技能を上げることもなく預貯金もできない、その求人にシングルマザーは応じざるをえないのです。まずは、賃金を上げるような仕組みが必要です。

 コロナ禍の影響で、昨年1年間に265件のメール相談が、今年4~5月だけで469件と急増。相談の電話も多い。「子どもに食べさせるため1日1食です」「職場の都合で休職となり収入がない」といった生活の困窮を訴える内容が7割です。ひとり親を含めた、低所得世帯への現金給付など所得再分配策は1度では足りません。さらなる充実が必須です。

 ■本の内容 深夜の弁当工場で働くパートの女性が、夫を殺害したパート仲間に助けを求められ、それぞれが抱える、どうにもならない日常から抜け出すカネのために死体を解体する。犯罪に手を染めていく普通の女性たちの心理描写が斬新と評価されている。

 ■女性や家庭の貧困・格差をめぐる動き

1946年  (1)最低生活の保障(2)国家の責任(3)在留外国人を含む絶対無差別の生活扶助三原則にもとづく旧生活保護法制定

  50年  憲法25条を受け、生存権を保障する生活保護法制定

  60年  所得倍増計画を決定

  60年代 高度経済成長によって経済格差縮小

  62年  児童扶養手当法の施行

  70年代 「一億総中流」時代。「国民生活に関する世論調査」で生活程度を「中」とする回答が9割に達する

  85年  児童扶養手当の改定で、遺族基礎年金の支給対象であった死別の母子家庭と、生別の家庭では差が生じる

  90年  バブル経済の崩壊

2002年  児童扶養手当の給付を抑え、自立支援策を強化

  06年  「格差社会」が流行語に

  08年  リーマン・ショックで株価暴落

  14年  子どもの貧困対策法施行

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 時代の栞(TOKI NO SHIORI)〕