コロナ・・どこに目を向けるか   2021/01/16

冬を迎えて、海外でも日本でも、コロナの被害者が増え始めて、年を越して春までどうなってしまうのか・・大変に気がかりです。経済的にも、母子家庭など、不安定な仕事の人たちや若い人たちの中にも、仕事を失って先が見えなくなっている・・社会の底辺にいる人たちの姿が、TVや新聞紙上にも見られるようになった。
だが、朝日の記事に見られるように、政治にも見捨てられたような人たちに、どこかで必ずのように、そんな人たちに救いの神が現れるのは、頭が下がる思いだ。

〔 職も住まいも「明日どうなる…」 炊き出しの列、若者も多く 朝日 2020年12月15日
炊き出しに集まった人に弁当を配る支援団体のスタッフ(左)=11月28日、東京都豊島区東池袋3丁目、大山稜撮影

 新型コロナウイルスの感染の広がりとともに、職も住まいも失う人が増えている。日ごとに寒さが厳しくなるなか、どうやって年を越せばいいのか――。そんな不安が、年の瀬の街を覆っている。(大山稜)

 繁華街がイルミネーションで彩られるようになった11月下旬の夕方。暗やみに包まれた東京・池袋の公園で、路上生活者らを支援するNPO法人「TENOHASI」のスタッフがほのかなライトを頼りに弁当を配る準備を始めた。冷たい風が吹きすさび、気温がぐっと下がる。思わず身を縮めるほどの寒さでも、弁当を配り始める頃には、1メートル間隔で並んだ列が幾重にも折り重なっていた。

 白いごはんにコロッケと焼き鳥。「久々の、ちゃんとした食事です」。初めて訪れたという黒いパーカ姿の男性(38)が、弁当を手に話してくれた。財布に入っている金は千円に満たないという。「コロナのせいです。ぱったり、仕事がなくなりましたから」

 ■コロナで路上生活

 5年前に住み込みの新聞配達のアルバイトをやめ、派遣会社に登録。週に5日、主に物流会社の倉庫で商品整理の仕事をしながら、新宿や池袋のネットカフェを転々としてきた。認知症を抱える母親しか「緊急連絡先」に登録できる人がいないため、アパートは契約できないでいたが、仕事は途切れず、月収は20万円を超えることもあった。

 しかし、感染拡大の「第1波」に見舞われた今春、仕事が急に減り始めた。多くても週2日ほど。15万円ほどあった貯金を取り崩しながら暮らしていたが、「第2波」がやってきた夏にはほぼ底を突いていた。

 たまに入る仕事の収入でしのいでいたところに、これまでを大きく上回る「第3波」が襲ってきた。派遣会社に勤務希望のメールを何度送っても、「今はない」と即答される。感染防止のため、派遣先の現場では人手を絞っていると聞いた。

 半日2千円ほどのネットカフェの料金が払えず、外で過ごす日が増えた。新宿駅の地下通路の端っこで、じっと座り込む。シャッターが閉じれば、震える体をさすりながら街中を歩き続けた。新宿周辺の公園のベンチで、ひたすら寒さをこらえる。通行人や警察官から不審な目を向けられないよう、道で拾った文庫本を開き、読むふりをした。「寝てる間にバッグが盗まれたら」と2、3日、眠らないこともあった。

 ■38歳「地獄でした」

 「俺、明日はどうなってるんだろう……」。そんなことを考えながら、日が昇るまでの時間をやり過ごす。「地獄でした。このまま真冬を迎えれば、体がもたなかった」

 12月上旬、「TENOHASI」のスタッフに付き添ってもらい、生活保護を申請した。受給者向けのホテルにも一時的に入居できた。ホテルの近くで再び会った男性は「寝る場所があるだけで、身体的にも精神的にも全然違いますね」とほっとした表情を見せた。

 これから仕事やアパートを探すつもりだが、感染状況も雇用環境も、どうなるか見通せない。ぽつりとこぼした。「仕事がなければどうにもならない。コロナにはそろそろ勘弁してもらいたい」

 先月下旬の「TENOHASI」の炊き出しには、約290人が訪れた。昨年の平均と比べると、倍近いという。スマートフォンを見ながら、イヤホンを耳につけて炊き出しに並ぶ若者の姿が珍しくなくなっている。事務局長の清野賢司さん(59)は「生活困窮の若年化が、コロナ禍のもとで一気に進んでいる。リーマン・ショック時と違い、幅広い業種に影響があり、今年初めて路上で冬を迎えるという人も多いだろう」と話している。

 ■感染対策で持ち帰り弁当に 年越し控え、支援も課題

 雇用をめぐる環境は厳しいままだ。厚生労働省などによると、新型コロナが影響した解雇や雇い止めは12月上旬までに約7万5千人。非正規雇用の働き手は8カ月連続で減少し、10月は前年同月に比べて約85万人減った。

 新宿・都庁周辺で活動するNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の炊き出しでも、「初めて見る人が増えている」(大西連理事長)。11月末の食事配布には、例年の倍以上となる185人が訪れた。

 一方で、コロナ禍における支援団体の活動には、課題もつきまとう。感染防止対策のため、その場で食べる温かい汁物の提供はあきらめ、持ち帰りの弁当配布に切り替えている。活動させてくれる会場を探すのも容易ではない。密集を避けるため、ボランティアの人数は例年の半分ほどに減らす一方、並ぶ人は増え、人手が足りない。

 そんな状況のまま、年の暮れを迎えた。年末年始は日雇い派遣の求人が途切れるうえ、行政による生活支援の窓口も閉まる。真冬の野宿は命の危険も伴う。今年は路上で年を越す人が増えるとみて、都内の複数の支援団体は日程を調整し、年末年始の炊き出しや生活相談を切れ目なく行える態勢をとる予定だ。

 ■生活困窮者向けの主な支援

<ホームレス総合相談ネットワーク>

 ◆無料電話相談(0120・843・530、月~金曜日午前11時~午後5時)

NPO法人「TENOHASI」>

 ◆医療生活相談、食事提供など(東京都豊島区の東池袋中央公園、毎月第2、4土曜日午後4時~)

 ◆おにぎり配布(豊島区の池袋駅前公園水天宮そば、水曜日午後9時半)

NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」>

 ◆生活相談(新宿区山吹町362みどりビル2階、火曜日午前11時~午後5時)

 ◆食事提供(新宿区の都庁前、土曜日午後2時)

<東京都>

 ◆住居喪失不安定就労者・離職者等サポート事業(新型コロナの影響で住居を失った人を対象に、年末年始にかけて都内のビジネスホテルなど1日あたり計1千室を一時提供する予定。各区市の福祉事務所などで申請)〕

世界の危機は続く  2020/12/03

世界の動きを、主に朝日新聞から記録しながらひとこと書いているのですが、以前載せた・・身辺雑記 (OOKA Minami) を時に加えさせていただきます。

日本では、あの大ウソつきの首相が変わっても、同じような人物では何も変わらない。それにしても米国の選挙は見ていられない危うさで、どちらにも共通しているのは「そんな人物を支えている熱狂的な支持者である」ことです。


〔「身辺雑記」から 

10月7日(月曜日) 緊急事態条項の危険性
 行政長官に強大な超法規的権限を与える緊急状況規則条例(緊急法)が発動され、覆面禁止法まで施行された香港で、多くの市民がマスクをして大規模デモ。自由と民主主義を求める香港市民の怒りを、さらに増幅し拡大させるだけの愚行でしかない悪法発動。

 香港当局の強権発動は、安倍政権が目論む憲法改正とその延長線上にある(あるいは改憲とセットの)「緊急事態条項」導入の危険性(ヤバさ)を、一見平和に見えるこの日本にも余すことなく伝えてくれている。国民の権利や基本的人権の制限を可能とし、国家権力(政府)にあらゆる権限を集中させる、その先に待っている社会とはいったい……。香港で起きていることは他人事とは言えない。他山の石としてしっかり考えるべし。


10月13日(火曜日) 詐欺師か教祖か
 トランプ米大統領の選挙運動の集会映像を目にするたびに、胡散臭い詐欺師やインチキ宗教の教祖を思い浮かべてしまう。そう考えれば、信じ込んで熱狂しているトランプ支持者の狂信的な盛り上がりや精神状態も、なんとなくわかるような気がする。騙された状態はずっと続くのだろう。だって信者だから。アベ政治やスガ政治の支持者も同じか。


10月16日(金曜日) ここまで酷いとは
 福島原発の汚染処理水の海洋放出も、運転免許証とマイナンバーカードの一体化も、日本学術会議の任命拒否もすべてなし崩し。国会は開かず、まともな説明は一切せず、一方的に既成事実を積み上げていく。政権に批判的な存在は問答無用で排除する。聞く耳など持たない。独裁そのものではないか。アベスガ政治は戦前への一歩。いや二歩。いやいや三歩。気付いたらもう時すでに遅し、なんてことにならなければいいけど。

 そもそもマイナンバーの番号は他人には絶対秘密で、ほかの情報とは結び付けないはずじゃなかったのかよ。健康保険証も運転免許も銀行口座もアレもコレもリンクしたら、個人情報は丸裸にされて国家にすべて管理されてしまうではないか。この国でマイナンバーが受け入れられないのは、この国の政府が信用できないからだ。公文書の隠蔽や改竄や廃棄を見れば自明の理。不信感しかない。

 まともな政権ではないと思っていたけど、ここまで酷いとは。想像していたよりも、はるか斜め上をいく暴走に恐ろしくなる。アベ政治に勝るとも劣らない外道ぶり。反社会的スガ政権。なんじゃこりゃ。


10月29日(木曜日) GOTOナンチャラ
 トランプ大統領の演説や放言は嘘だらけで支離滅裂、菅義偉首相の国会答弁や説明も嘘だらけで支離滅裂。どっちも最低でどっちの支持者(信者)も、もれなく救い難い。維新も同類。


11月5日(木曜日) 期日前投票と郵便投票
 米大統領選で期日前投票や郵便投票の集計が始まったら、民主党のバイデン氏の得票が多く積み重なっていくに決まってるじゃん。そもそも期日前投票や郵便投票だけで前回投票数の7割、1億票近くあるというし、その期日前投票や郵便投票をしたのは民主党支持者が多いのだから。そんな事前に周知されていて分かりきったことを、今さら言われてもなあ……。

 期日前投票の開票が進むにつれてバイデン氏の得票数が伸びたことに、納得がいかないトランプ大統領は「昨夜、多くの州で私がリードしていたのにリードが魔法のように消え始めた」と主張しているという(TBSニュース)。「魔法のように」って(絶句)。明らかに頭がおかしい。こんなのが米国大統領を4年間も続けてきたなんて。こんなのにこれからさらに4年間も大統領を任せよう、と考える人々がいるなんて。


11月30日(月曜日) 東京五輪、そもそも開催は無理
 東京オリンピックのために、どれだけ我々の税金をドブに捨てれば気が済むんだ。無駄金がどんどん膨らんでゆく。それだけあれば、疲弊する医療関係者や赤字に苦しむ病院をどれほど支援できることか。飲食店などの支援にも回せるはず。これまで五輪に費やしてきた膨大な予算はどこへ消えた。巨大広告代理店やコンサルなど一部の業者と、一部の政治家が私服を肥やしただけじゃないか。もういいんじゃないかな、東京五輪は。そもそも開催は無理だよ。無理がありすぎるよ。

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・(社説)香港の法治 言論の弾圧をやめよ  朝日 2020年12月3日
 平和的に街頭で意思を表す自由が封じられてはならない。デモ活動をした香港の若者らに対する弾圧に強く反対する。

 香港で昨年夏に起きた無許可のデモを扇動した罪などに問われた3人に、地元裁判所が実刑判決を言い渡した。

 いずれも20代の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)、周庭(アグネス・チョウ)、林朗彦(アイバン・ラム)の3氏である。

 デモは逃亡犯条例の改正への反対を訴え、黄氏らは積極的に対外発信を続けていた。

 黄氏は禁錮1年1カ月半、周氏は同10カ月、林氏は同7カ月とされた。周氏はさらに、香港国家安全維持法(国安法)違反容疑でも逮捕されている。

 昨年以降、香港の言論をめぐる状況の悪化ぶりは目を覆うばかりである。

 3人だけではなく、昨年の抗議行動を理由に拘束された者はすでに1万人以上にのぼり、うち2千人以上が起訴された。

 苛酷(かこく)な法執行を通じて、市民らの言動を威嚇しようとする当局側の意図は明確だ。

 とくに今年6月に中国が香港の頭越しに国安法を成立させて以降、弾圧姿勢は急速に激しさを増している。

 このままでは香港基本法で保障される「独立した司法権」が脅かされ、自由や民主を唱える市民に広く厳罰が科されるのでは、との声は強い。この3人を含む大量の訴追と刑罰は、その懸念が現実のものになっていることを感じさせる。

 憂慮すべき事態は、それだけではない。

 抗議活動で拘束された者のうち、1千人以上は18歳未満の中高生らだとされる。香港政府はこれを重視し、学校での愛国教育の強化に乗り出した。役人たちが中国や香港政府に忠誠を誓う「義務」を、厳しく守らせる動きも進められている。

 香港の繁栄を築いてきた自由と法治が、根本から破壊されかねない。香港返還時の国際公約である「一国二制度」と「高度な自治」の保障を、中国に求め続けねばならない。

 日本や欧米各国の政府は強い懸念をくり返し表明している。中国は反発を強めているが、それによって圧力を弱めるようなことがあってはならない。かつて植民地統治をしていた英国を筆頭に、国際社会は共同行動を強めるべきだ。

 「正直言って怖い。でも、いま声をあげなければ、もうあげられなくなるかもしれないんです」。昨年6月に日本を訪れた際、周氏は独学で学んだ日本語で必死に訴えていた。

 香港の若者が日本に向けて放った言葉の重み。それをいま、改めてかみしめたい。〕

日本も米国も・・世界でも・・・  2020/10/19

日本でも米国でも・・そして中国と香港でも・・見たくないもの・・隠しようもない現実を毎日見せられる。だが、その現実の裏側に、影には・・政権を支える側と反対する側の・・対立し争う人々の姿が見えてくる。長い人類の歴史を積み重ねてつくってきたこの社会・世界・地球で、人間はこれからも何を求めて、何をしようとしているのだろうか。

〔・(社説)菅「継承」内閣が発足 安倍政治の焼き直しはご免だ  朝日 2020年9月17日
 政策のみならず、人事・体制においても、安倍政権の「継承」は歴然だ。7年8カ月に及んだ長期政権の行き詰まりを打破し、傷ついた民主主義の土台を立て直すことができるか、前途は険しいと言うほかない。

 ■暫定色払拭するには

 菅新内閣がきのう発足した。閣僚20人のうち8人が再任、3人が横滑り。行政改革に熱心な河野太郎防衛相の行革相への起用や、菅氏が旗をふる行政のデジタル化を主導するデジタル相の新設などに「菅カラー」はうかがえるものの、全体としてみれば、「安倍改造内閣」といってもおかしくない陣容だ。

 安倍氏の盟友として政権の屋台骨を支えた麻生太郎副総理兼財務相も再任された。森友問題で公文書改ざんという前代未聞の不祥事を起こしながら、政治責任にほおかむりを続けた麻生氏をナンバー2としてそのまま処遇する。政権運営の安定を優先し、政治の信頼回復は二の次というわけだ。

 組閣に先立つ自民党の役員人事では、二階俊博幹事長の再任など、総裁選で菅氏を支持した5派閥のベテランが主要ポストを分け合った。菅氏は自らが無派閥であることを強調し、人事で派閥の要望は受けないと明言してきたが、論功行賞や派閥均衡への配慮は明らかである。

 結局のところ、安倍政権下の主流派が、トップの顔をすげかえて、その権力構造の維持を図ったというのが、今回の首相交代ではないのか。

 約8年ぶりの新しい首相の誕生だというのに、高揚感にはほど遠い。女性閣僚は2人だけ。初入閣も待機組が目立つ。経験重視の手堅い人選といえば聞こえはいいが、政治のダイナミズムは感じられない。菅氏の自民党総裁としての任期は、安倍氏の残りの来年9月まで。「暫定色」を払拭(ふっしょく)したければ、内外の諸課題に対し、確実に結果を出すほかあるまい。

 ■見えぬ国家ビジョン

 新政権にとって、当面の最重要課題がコロナ禍への対応であることは間違いない。感染拡大の勢いはやや衰えているとはいえ、インフルエンザとの同時流行が懸念される秋冬に向け、万全の備えを急がねばならない。

 感染防止と経済活動の両立という難題も続く。国民の幅広い理解と協力を得るには、首相が先頭に立って、丁寧な説明や情報開示に努めることが不可欠である。官房長官会見でしばしばみられた、木で鼻をくくったような対応では、到底共感は得られないと心得るべきだ。

 突然の首相辞任を受けた、いわばリリーフ登板であったとしても、首相となった以上、菅氏には日本が直面する難題に正面から挑む重い責任がある。

 気がかりなのは、総裁選の論戦から、菅氏が思い描く経済社会の将来ビジョンが明確に伝わってこなかったことだ。菅氏は「自助、共助、公助。そして絆」と繰り返したが、その三つのあるべきバランスをどう考え、それを実現するために何が必要なのかは語られなかった。

 役所の縦割り、既得権益、悪(あ)しき先例主義を排して、規制改革を進めるとも強調したが、それはいわば手段であり、それによって何を実現しようとしているのかは具体的ではない。

 少子高齢化が進むなか、どうやって社会保障制度の持続可能性を維持するのか、負担と給付のあり方をどう考えるか。世界に目を向ければ、米中の覇権争いが激しさを増している。国際社会の安定のために、両国と関係が深い日本に何ができるか。菅氏の考えを早く聞きたい。

 ■解散よりコロナ対応

 安倍政治の下でゆがめられた政策決定のあり方や国会の空洞化も、この機会に正されねばならない。問題の多い安倍氏の政治手法まで「継承」されてはたまらない。

 新内閣で「官邸官僚」の多くも残留が決まった。菅氏としては、引き続き強力に官邸主導を進めるつもりなのだろう。

 しかし、安倍政権下では、各省庁の官僚の専門性が軽視され、官邸への忖度(そんたく)がはびこったとされる。菅氏は先日、政権の決めた政策の方向性に反対する省庁の幹部は「異動してもらう」と明言した。忖度を生む原因と指摘される内閣人事局についても問題はないとの認識だ。これでは、国民よりも官邸をみる官僚が増えないか心配だ。

 菅氏はまた、日本の首相は諸外国に比べ、国会に拘束される時間が著しく長いとして、首相の国会出席は「大事なところに限定すべきだ」とも述べた。説明責任を軽視し、国会論戦から逃げ回った安倍氏の振る舞いが繰り返されないか。

 閣僚や与党内からは、新政権への世論の期待が冷めないうちに衆院の早期解散に踏み切るべきだとの声がでている。自民党内の派閥の合従連衡で首相に決まった菅氏が、国民に直接信任を求めることは一概に否定できない。しかし、今、求められるのはコロナの終息に政府の総力を注ぐことだ。その優先順位を見誤ってはいけない。


・日本の子の幸福度 健康は1位、「精神」はワースト2位   朝日 中井なつみ 2020年9月3日
 日本の子どもたちは、身体的には健康だが、精神的な幸福度は低い――。こんなデータを、ユニセフ(国連児童基金)が3日に公表した。先進38カ国を比べた調査で、死亡率などが低い一方、今の生活への満足度などが低く、「子どもの幸福度」の総合順位は20位だった。1位はオランダ、2位がデンマーク、3位はノルウェーと、北欧の国が上位を占めた。

 調査は、生活の満足度が高いと答えた割合や、自殺率の数値を比較した「精神的幸福度」▽死亡率や、肥満の子ども・若者の割合を比較する「身体的健康」▽読解力や「すぐに友達ができる」と答えた子どもの割合を比較する「スキル」の3項目を、直近の指標から算出(対象は多くが5~19歳)。日本は「身体的健康」で1位となったが、「スキル」が27位、「精神的幸福度」は37位で、ワースト2位だった。例えば、15歳の子どもたちに「今の生活の満足度」を0~10で評価してもらったところ、「5以下」と答えた割合は、日本は4割近かったのに対し、総合1位のオランダでは約1割だった。

 子どもの幸福度に関する調査は、前回は2013年に実施。対象国や指標が異なり単純比較はできないが、当時の順位は31カ国中6位と上位だった。

 調査の報告書では、子どもたちの幸福度は公共政策や社会情勢、そして子ども自身や保護者のネットワークに影響されると指摘。現在、新型コロナウイルスの感染拡大によって学校が休校になったり、経済や社会に大きな影響が及んだりすることで、子どもたちが長期的にもマイナスな影響を受けかねないと訴えている。

 会見に同席した法政大名誉教授で教育評論家の尾木直樹さんは、日本の子どもたちの精神的幸福度の低さについて、「一斉主義で、競争原理に支えられている学校システムの影響も大きいのでは」と分析。受験勉強など、偏差値によって比べられることなどを通じ、子どもの自己肯定感が下がりかねない現状があると指摘した。(中井なつみ)

子どもの幸福度 ランキング
1位 オランダ 2位 デンマーク 3位 ノルウェー   20位 日本  36位 米国 〕

悲惨な災害と国民の意識とそれに伴う政治  2020/09/20

総理大臣の数々のウソにまぎれた政治と、それを支えてきた国民の甘い意識が終わろうとしていない中に、自民党の派閥とかいう仕組みが後継者を決めてしまったのを、どう見たらいいのか・・日本人なのか、人間というものがそういうものなのか・・米国でも、人々の意識はそんなものなのか・・という思い。

そんなどうにもならないことはさておいて、どうにかなりそうな可能性が少しは見える豪雨・台風に見られる悲惨な浸水被害は、この数年にわたって、何度もその映像を見るたびに・・自分の身に置き換えてみるたびに、気がかりが続いている。

自治体や気象関係者も、それなりの努力はしているようだが、木材の需要が少なくなった山と川に対する政治の姿勢にその基本的な原因が見えてくる。

沖縄の基地問題もそうだが、自分の家の中に水が侵入した時のことを、少しでも想像してみれば、政治とか、国民とかの意識というものは、そんなものなのか・・という思いが仕方なく浮かんでくる。


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〔 ダム、必要以上に下流へ放流か 豪雨時に4基で水位低下 山本孝興  朝日 2020年8月18日
 西日本豪雨などがあった2018年、19年の2年間に、台風などの際に緊急放流をしたダムは全国に14基あり、少なくとも4基のダムが必要以上の水を下流に放流していたとみられることが、管理者の国や県への取材でわかった。見極めが難しい流入量を放流量が上回る「過放流」だった可能性がある。

ダムに過放流の可能性 「流入量の計算にタイムラグ」
 緊急放流は、大雨でダムが満水に近づいたとき、流入量と同じ量まで放流して水位を一定に保つ操作。この際に過放流をした場合、必要以上の水が下流に流れることになり、浸水被害につながる可能性もある。

 国土交通省によると、2018年7月の西日本豪雨で8基のダム、昨年10月の台風19号では6基で緊急放流が行われていた。朝日新聞は、ダムを管理する国交省や県への情報公開請求などで、当時の放流量や流入量、水位などが記された「操作記録」を入手した。

 それによると、西日本豪雨時の「鹿野川(かのがわ)ダム」(愛媛県大洲市)と「野村ダム」(同県西予市)、台風19号時の「塩原ダム」(栃木県那須塩原市)と「高柴ダム」(福島県いわき市)で、緊急放流中にダムの水位が下がっていた。

 4基のダムでは緊急放流の開始から約25分~2時間後、放流量が流入量に追いつき、水位の上昇が止まった。その後は流入量にあわせた放流が続いており、水位は一定のままになるはずだった。だが、水位は塩原ダムの約1・65メートルのほか、3基のダムでも約1メートル~約0・35メートル低下。貯水量では約166万5千~約33万トン(東京ドーム1杯分が約124万トン)減っていた。

 国交省や各県の担当者によると、緊急放流の操作は、ダムを管理するコンピューターが算出した数値に従って職員が行う。水位は実測値を元に算出され、放流量も正確に把握されている。これに対し、支流などあらゆる所から流れ込む流入量は正確に測れないため、直近10分~1時間単位の流入量を元に「想定値」を算出している。

 西日本豪雨時に国交省四国地方整備局の河川管理課長だった渡辺健二氏は「(想定した)流入量が実際の現象を表していなかった可能性がある。結果として、放流量が上回ったかもしれない」と説明。国交省河川環境課も「算出システムの精度が大規模な雨に追いついていない部分はある。今後、何らかの対策をとる必要がある」と話す。

    ◇

 愛媛県肱川(ひじかわ)流域にある鹿野川、野村両ダムをめぐっては、緊急放流中にダム下流域の大洲市西予市で約3500棟が浸水し、8人が死亡。下流域の住民らは今年1月以降、「浸水被害が広がったのはダムの緊急放流が原因」として、国などに損害賠償を求める訴訟を松山地裁に起こしている。(山本孝興) 〕

コロナから見えてくる  2020/08/15


私は体に異変や不調が現れたとき、医療にも疑問があるので、まずその不調には生活の中の何かの原因があるのではないかと考えることにしっている。それは食事だったり睡眠や運動によって、血液の流れが悪くなることによる代謝の問題に行き着く。そのように考えて、座り続ける生活を見直すことによって、発見することも多い。

体と同じように心の問題、つまり社会の様々な問題や動きを見るときも同じように考えて、コロナの世界的の課題についても、それはマイナス面ばかりでなく、世界中の人々の健康・医療・経済から生命にもかかわる大問題についても、いままで気がつかなかった人類や地球レベルの発見や生活の見直しの機会となるのではないかとも考えられる。

いまの社会の、世界の、教育の、政治の、医療のありかた、そして、オリンピックの陰に見えるゆがんだ姿と対極に見えてくる貧困の問題・・そして中国の強権的暴力、イスラエルパレスチナに見られる宗教のゆがみ・・が見えてくる。


〔(多事奏論)コロナ禍の目覚め 安倍劇場と「共演」してない? 朝日 高橋純子 2020年7月22日
 今年、スケジュール帳に添える筆記具を「こすると消える」ペンに変えた。特段の意図はなかったのだが、3月以降、とても重宝した。4月の仙台、5月の広島、6月の長野に福岡、8月の北九州……すべて消しきってから、後悔した。記録として残しておけばよかった。何が予定されていて、いつどうキャンセルになったのか、あとで見返した時になんらかの記憶を呼び起こすフックにはなり得たかもしれない。

 良くも悪くも、人は忘れる。東日本大震災のあと数年間をかけて、私はつくづく実感したのだった。あのとき、多くの人たちが、「変わらなければ」と確かに思った。脱原発の集会やデモには万単位の人が集まった。自分たちが享受してきた便利な生活を見直し、文明を問い直そうという議論がさまざまに、活発になされた。

 だが、簡単に答えが出ない問題を、踏みとどまって考え続けるには知的にも精神的にも体力がいる。記憶が薄れればどうしたって現状維持に傾くし、まじめに考え続けてやきもきしている自分はなんだか損しているようにも感じられてくる。

 ああ、疲れた。

     *

 そんな「厭戦(えんせん)気分」ならぬ「厭考気分」にうまく乗じたのが、安倍政権だったと私は思っている。「この道しかない」と力強く言い切り、7年半の間、選挙であれ外交であれ、一種の見せ物として仕掛けていく「イベント屋」としての才をいかんなく発揮、難しいことは考えなくていいんですよ、面倒なことは忘れて、いまここを楽しみましょうよ、その方が人生お得ですよ――そんなメッセージで人々のもやもや、後ろめたさをこすって消してくれた。

 その集大成が、あさって7月24日に開会式が予定されていた「復興五輪」、東京オリンピックパラリンピックとなるはずだった、はずだ。

 もし予定通りだったら、いまごろどんな感じだっただろう。連呼される「がんばれニッポン」。あおりあおられる一体感。そんな中でたとえば、森友学園をめぐり公文書改ざんを命じられたと命を絶った赤木俊夫さん、妻・雅子さんの訴えは、どれくらいの音量で人々の耳に届いただろうか。

 「アンダーコントロール

 始まりは2013年9月、IOC総会における首相の英語でのプレゼンだった。「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています」(首相官邸ホームページの日本語訳)。自国の首相が堂々とうそをつく、うそが過言なら誇大広告と言い直してもいいが、いずれにしても、カタカナ表記にされた「フクシマ」、そして世界に対する向き合い方はいかにも不誠実で、恥ずべきものだった。だが、日本社会の受け止めは意外なほどにさばけていた。「結果、招致成功したんだからいいじゃない」みたいな。

 「うそも方便」が裏口ではなく表玄関をくぐり、それを拍手で迎えてしまったら、あなたも私も、首相プロデュースの舞台「不誠実」の「共演者」、控えめに言っても「観客」である。まんまとしてやられた。悔やんでも時すでに遅しで以後、舞台は題材を変えながらロングランを続ける。都合の悪い情報は隠し、あったことはなかったことにして、はい、ジョウキョウハトウギョサレテイマス。果たして赤木さんを追い詰めたのは、官僚機構の論理だけだろうか?

     *

 どうしたって五輪は強力な「リセットボタン」として機能する。ならば延期に伴うこの1年の「猶予」は、小さな声に耳をすませ、忘れてはいけないことを握りしめる、そんな時間にしたい。だって私は心底驚いたのだ。コロナ禍でイベントをうてなくなり、派手な衣装も照明も排した「裸」の政権の姿に。いつの間にこんなにやせ衰えていたのかと。首相は自分の言葉で人々に語りかけることすらできないのかと。

 (編集委員

 

真山仁のPerspectives:視線)15:延期の五輪 朝日 2020年7月22日

 ■「絶対開催」言われても、無関心の波

 人々の会話から、五輪の話題が消えた気がする。あえて話を向けると、「もうやらないでしょう」という反応ばかりが返ってくる。

 先行きが見えないコロナ禍や、政局、洪水災害等々……。日本を取り巻く環境が日々、過酷な様相を呈する中では、致し方ないかも知れない。


 もはや静かに「五輪無関心」の波紋が広がっているというのが、実感だ。

 それでも、東京五輪は開催する、と強く望んでいるのは、誰だろう。

 開催都市代表の小池百合子知事は再選されてから、五輪に向けてギアを上げた。自らの“熱い”演説で五輪招致を決めたと自負し、1年延期を実現させた安倍晋三首相も鼻息は荒い。

 さらに、五輪開催こそが存在意義である国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が予定通りの規模での東京開催を望んでいるのは、日々の発言からもうかがえる。東京五輪パラリンピック組織委員会森喜朗会長も、同様のようだ。

 では、参加する選手はどう考えているのだろうか。組織委の理事も務める日本サッカー協会田嶋幸三会長は、「五輪は、ぜひ開催して欲しい。選手は大会を目指して切磋琢磨(せっさたくま)してきたわけだし、その思いに報いたい」

 サッカーの場合、世界が熱狂するFIFAワールドカップもある。たとえ五輪が中止になっても世界で戦う機会がゼロになるわけではない。

 「ワールドカップと五輪は別。例えば、前回のリオ五輪の時、普段は五輪を重視していなかったブラジルチームが金メダル奪取に燃えた。そして見事それを手にしたことで、リオ五輪は成功だったと考えているブラジル人が多い」

 日本でも、1968年メキシコ五輪釜本邦茂を擁した日本チームは、銅メダルを獲得。それが、日本でのサッカー振興にもつながった。

 また、経済効果への期待も根強い。

 2017年に東京都が試算した経済効果は32兆円超(ただし、大会招致が決まった13年から大会10年後の30年までの18年間の総額)。

 一方で、今年3月に関西大学の宮本勝浩名誉教授が「延期の場合、約6408億円、中止は約4兆5151億円の経済的損失が推測される」という試算を発表した。

 だから、五輪は開催しなければならないのだ!となるのだろうか。

 それに、延期する場合は、さらに予算が必要になる。報道などでは最低でも3千億円から5千億円が必要と言われているが、試算はあくまでも試算だ。大抵は様々なマイナス要因が加わり、損失額や負担額は大きくなる。コロナ対策だけでも国家予算規模の額を拠出し、この先いくら必要なのかも不明な時に五輪のために、莫大(ばくだい)な負担をするというのか。

     *

 五輪に関していえば私自身は、当事者ではないし、無責任な立場である。その視点で五輪開催について考えてみたい。まず、コロナ禍が終息し、従来通り、人もモノも自由に移動できる世界になってはじめて、五輪開催が可能になるのではないか。

 では、それはいつか。

 残念ながら、神のみぞ知るだ。

 日本で感染者が増えており、先行きはさらに混沌(こんとん)としてきた。おそらく、ワクチンなり治療薬なりが完成し、多くの人に行き渡らないかぎり、安全宣言はなされないだろう。

 新聞報道などによると、東京五輪の準備を監督するIOCのジョン・コーツ調整委員長は、開催可否を判断するのに10月が重要なタイミングになると発言した。ところが、それで可否が決まるわけではないらしい。

 組織委の森会長は自民党内の勉強会で「判断は来年4月になってから」との見方を示している。とにかく開催したい人はいつまでも判断を遅らせるに違いないということが、推測できる。

 また、「簡素化して開催」という声が上がっている。簡素化は定義されていないが、いくつか考えられる。

 一つは、無観客での開催だ。

 出場選手だけが隔離と健康チェックを徹底した上で、競技してもらおうという考えだ。この場合、チケット代は払い戻される。その額は、約900億円に上る。

 それでも、開催することは「アスリート・ファースト」としては、「やらないより、まし」なのかも知れない。

 ■バブル教訓、撤退するなら今

 しかし、「日本で開催するのに、誰も観戦も応援もできず、テレビの前で見るなら、東京開催は無意味」という声が上がってきそうだ。

 その上、今月17日のIOC総会で、バッハ会長は観客数の制限について「一つのシナリオとして検討」と述べる一方で、「我々は熱狂的なファンに埋め尽くされた会場を目指している」と意気込んでいる。

 五輪の名物でもある開会式と閉会式は短くするという案もあるという。それについては、森会長が、テレビ放映の関係で予定通りとIOCから求められているという認識を示した。バッハ会長にしても、森会長にしても、まだ通常通りの五輪開催を行えると思っているようにしか、私には見えない。

 組織委は17日、種目の変更はないと発表したが、展開次第では種目を絞り込む可能性が出てくるかもしれない。私見だが近接して競技を行う柔道、レスリング、ボクシングなどは難しいのではないか。実現可能な種目の絞り込みをどのように定めるのかを、考えるだけで頭が痛い。

 簡素化しても、コロナ禍で多くの感染者を出した国から選手を招くのを、日本人は歓迎するだろうか。

 コロナ禍が深刻な国は、欧米ロなどスポーツ大国が並ぶ。また、コロナが最初に出現した中国はどうだろう。

 コロナ禍が軽い国の代表だけで五輪を行うという選択肢はある。その時は、日本は、史上最多の金メダルを獲得出来るかも知れない。

 逆の発想も、考慮の必要がある。

 今後、日本で新型コロナウイルスの死者が急増した場合、開催までに被害は抑え込めたとしても、参加国は国家の宝である選手を日本に送り込むだろうか。

 今春、世界のトップアスリートたちが「このような状況下で、競技に集中するのは難しい」という理由で、今夏の開催に反対した。そのような事態が、再び起きないという保証もない。そもそも世界中のアスリートが集まってこその五輪だろう。

 森会長が開会式を予定通り行うと発言した背景には、テレビの放映権にまつわる理由がある。テレビ放映権料はIOC予算の7割超を占めると言われており、その半分以上(一説では、7割以上)を米国のNBCテレビが払っている。同社は、東京五輪までの夏冬4大会の放映権を43億8千万ドル(約4690億円)で取得、さらに14年に、22年から32年までの冬季・夏季計6大会の権利を総額76億5千万ドル(約8190億円)で取得している。

 そのため、五輪の開催期間も、各種目の実施時刻も、NBCの意向が色濃く反映している。だとすると、米国が不参加になれば、五輪は、中止の可能性が高くはならないのだろうか。

     *

 考えを巡らせると、「そこまでして、五輪開催にこだわる意味があるのだろうか」という疑問に、自然に行き着く。

 それが、世間に広がる五輪への無関心の大きな要因になっている。

 五輪を断念するなら、今、決断すべきだと私は思う。

 「まだ、大丈夫」という状況で決断することを、「英断」と呼ぶ。

 大抵の場合、「まだ」というような言い回しをした時は、既に相当追い詰められているからだ。もしかすると、日本人は、撤退を判断するのが苦手なのではないだろうか。撤退の判断を誤ったと聞いて思い出すのはバブルの時代だ。バブル経済崩壊があれほどまでに甚大だったのは、政府が「損切り」の判断を先延ばししたからだ。

 いち早く公的資金を入れていれば、その時の何倍もの血税を投入して国家の破産を食い止めなくても済んだ。だが、その前に発生した住宅金融専門会社住専)の破綻(はたん)問題で、安易に公的資金を注入したと、政府が非難された苦い経験があったため、おじけづいてタイミングを逸したと、首相や蔵相を務めた宮沢喜一が後に日経新聞に証言している。そして、日本は破滅の淵に追いやられ、いまだ、日本経済は完全復活に至っていない。

 バブルと五輪開催を一緒にするなという批判はあろう。私も、同じだとは思っていない。

 しかし、あの時の教訓を生かしたいのだ。すなわち現状では、プラスの要素は皆無で、むしろ悪い環境になだれ落ちる可能性ばかりが増していくのだから、今すぐ「英断」を下す――。

 失敗から学習しないのが人間だと、最近思うようになった。それでも、深刻なコロナ禍が続いているのだからこそ、五輪については一刻も早い判断を求めたい。

 ◇この連載の出発点だった「東京五輪パラリンピック」は新型コロナウイルスの影響で延期となりました。2020年はコロナ危機が起きた年として歴史に刻まれ、私たちの暮らしや価値観も大きく変わりそうです。作家の真山仁さんが、移り変わる「いま」を多様なPerspectives(視線)から考えます。〕

東日本大震災9年・・続く台風・大雨被害  13:17 2020/07/19

いつものことながら、東日本大震災も1年後・2年後・・と、その時がやってくるとTVも新聞も騒ぎ出して、その日が過ぎると何事もなかったように静かになるのは、いつものこと。その間、復興のことは、政治からも国民からも忘れさられて、知られない人々が、どうにかしなければ・・と、奮闘する姿が、時にNHKの特集等で見せてくれる。     
昨年の台風による各地の災害・洪水等も、映像から遠ざかると、私たちの意識から消えて、民放で「千葉の屋根を覆うブルーシート」が結構残っていて、家の家族で張り替えをする姿をTVで見ることができた。
貧困なる政治・・それは、国民の心の貧しさを映し出しているのかもしれない。


〔(社説)東日本大震災9年 災害法制の早急な見直しを 朝日 2020年3月13日
 避難してきた人々が体育館で雑魚寝をする。災害時には見慣れた光景だ。昨秋の台風15号、19号のときもそうだった。

 だが、なぜ、いつまでも変わらないのだろう。非常時だから仕方ないと思われがちだが、1週間以上も続くのはどうしたことか。被災者の人権がないがしろにされ過ぎている。

 9年前の東日本大震災から、私たちは何を学んだのか。現場での問題を踏まえ、法律や制度はどこまで改善されたのか。

 振り返ると、未曽有の大災害の経験を生かしていない実態が浮かぶ。

 ■めざせ「TKB72」

 避難所をめぐっては「TKB72」という言葉がある。災害発生から72時間以内に、快適で十分な数の「トイレ」、温かい食事をつくれる「キッチン」、簡易な「ベッド」を提供する。

 不潔なトイレや連日の冷めた飯、硬い床が健康を害し、災害関連死につながる。それを防ぐのに役立つ。イタリアなどでの実践例が報告されている。

 国内ではなかなか進まない。より清潔な新型の仮設トイレや段ボールベッドを、拠点になる自治体が備蓄するか、すぐ調達できる段取りをつけておけば、事態は確実に改善される。避難所の運営を定める災害救助法の趣旨にも沿う。その資金を政府が助成するのは当然だろう。

 復興でも課題は見えている。

 ハード面での典型例が、津波被災地で街の再建に多用された土地区画整理事業だ。都市開発の手法で、権利調整や工事に時間がかかる。過疎の被災地で、しかもスピード重視の復興には適さないと言われ続けてきた。

 いかに不向きだったかは、岩手県陸前高田市など沿岸部の多くの造成地に「空き地」が広がっているのを見れば明らかだ。

 高台への集団移転も計画変更が多かった。人口が減る社会の「まちづくり」は難しいのだ。それに対応できる制度が、いま全国で求められている。

 ■現場の声が届かない

 被災者の支援策でも、制度と現実に隔たりがあった。

 たとえば被災者生活再建支援法。住宅の被害状況を全壊、大規模半壊、半壊、一部損壊に分類し、最大で300万円を支給する。だが、半壊以下には一銭も出ない。半壊が28万戸を数えた被災地から悲鳴があがった。

 全国知事会はすでに、国と都道府県が折半して、半壊世帯まで現金を渡す案を防災担当相に提言した。

 立憲民主、共産など野党も、半壊へ支援を拡大する改正案を国会に提出している。

 だが、実現していない。

 この間、政府は応急修理の経費の一部を負担する制度改正などはした。しかし、小手先の対応というしかない。

 もっと手厚い再建策を用意すべきだ。仙台弁護士会は被災地で実際にかかった補修費に基づき、支援額の上限500万円への増額を求めた。仮設住宅は建設から撤去まで1戸につき1千万円、公営住宅は2千万円かかる。500万円で自宅に住めるなら効率がいい。

 そのうえ仮設住宅公営住宅の戸数を減らせて、行政の負担も軽くなる。

 南海トラフ地震や首都直下型地震では倒壊家屋が多すぎて、仮設住宅は用意できまい。自宅の補修で対応するのが現実的かつ合理的だ。早く制度を準備しておくべきだろう。

 支援制度は複雑で、わかりにくい。

 現状を踏まえて、関西学院大の災害復興制度研究所は昨年、応急救助から生活再建まで切れ目のない支援をめざす被災者総合支援法案を提言した。災害救助法、災害弔慰金支給法と被災者生活再建支援法などを束ねて再構成し、示唆に富む。

 ■「防災庁」が必要だ

 被災地には支援のあり方を根幹から問う声も多い。

 ・「現物給付」の原則は時代遅れ。金銭給付をもっと柔軟に活用すべきだ。

 ・みずから申請しなければ支援を受けられない「申請主義」が被災者を切り捨てている。

 ・被災者生活再建支援法の支援対象は被災世帯であり、被災者個人の事情は考慮されない、などなどだ。

 こうした声を受け、被災者一人ひとりに支援メニューをつくる「災害ケースマネジメント」が注目されている。

 必要な支援は資金、仕事、教育、医療など多岐にわたり、人それぞれで違う。それらを行政職員らが聞き取り、複数の制度を組み合わせたプランを練る。

 だが、従来にない対応は既存の省庁縦割りの制度の壁にぶつかりがちだ。乗り越えるには、省庁横断的な施策が要る。

 政府は来春から復興庁を10年間延長するが、各省からの出向者を集めた現状では、そういう大胆な対応は望めない。

 だからこそ、防災から復興までを担う組織で、専門的な人材を育て、災害の経験を継承し活用する必要がある。政府は後ろ向きだが、やはり「防災庁」の創設を検討すべきだ。〕

コロナ・母子家庭から、この国の人々の意識が見えてくる  2020/06/14

いつまで続くか予想もできない「コロナ」は、世界中の人々の健康面の脅威となっているだけでなく、人々の生活をおびやかして、経済的な問題をもたらしているが、もともとあった経済的弱者そ存在とともに、職を失う人たちの増加と政治の貧困が浮き彫りになって、社会は・・もともと大きな課題であった「地球の資源でもある人間社会の富を独り占めにしているごく一部の人間の大きな罪」を感じるのは私だけなのだろうか。

私自身が母子家庭で育てられてきたこともあって、いま問題になっているアメリカ發の「黒人差別」の問題とともに、ことに日本での「母子家庭の貧困」は、政治が光をあてない日陰の存在として、女性の社会・政治参加が世界でも底辺に据え置かれていることからも、政治や社会の動きは結局は国民一人一人の意識や生き方の問題に行き着くのではないだろうか。

〔(時代の栞)「OUT」 1997年刊・桐野夏生 深刻化する女性の貧困   朝日 2020年6月10日
 ■ひとり親ら、ぎりぎりの日常

 昼間のパートと、家事や育児の両立が難しくなった主婦たちの記事に、作家の桐野夏生さん(68)は目を留めた。主婦たちが「家族が寝た後の深夜に向かう」のは、弁当工場。その1996年7月の朝日新聞の記事は「土・日出勤も当たり前」とつづる。「すごく痛ましいと感じた」と、桐野さんはふり返る。

 「子育てや介護で家を離れられない女性たちが家計のため、自己犠牲を強いられる。『現代の奴隷』のようだと思った」。心に刺さった痛みに小説の舞台は決まった。

     *

 翌97年に出版された『OUT(アウト)』は、深夜のコンビニ弁当工場で働く女性4人がバラバラ殺人に手を染める犯罪小説。その取材で、最初に関東の小さな弁当屋を訪ねた。暑くて狭い調理場で揚げ物をする主婦は汗だくだった。時給は750円。ファストフードでバイトする高校生の娘より「安い」と嘆いた。

 バブル経済が崩壊して、「雇用の調整弁」であるパート労働は、買い手市場。スーパーのレジ係はフルタイムで働く若い女性が就き、子育てや介護の隙間に働く主婦には、厳しい労働が回された。

 桐野さんは知人の紹介で、小説に登場するコンビニ弁当工場で深夜0時から早朝の5時半まで、ベルトコンベヤーの前に立った。時給は昼間の2割増しで1050円。周りは40~50代の中高年主婦が多い。工場全体を冷やすので、コンクリートの床から伝わる冷えが体の芯の熱を奪う。休憩時間は無く、トイレは許可制で順番待ち。その体験を物語に生かした。

 小説の主人公たちは、姑(しゅうとめ)を介護するひとり親であったり、ホステスと賭博に生活費をつぎ込む夫に暴力を受けたり、ローン地獄に陥ったり、リストラで職場を追われた過去があったり……。「こんな暮らしから抜け出したい」。そうは願っても、低賃金から出口が見えず、何とも身動きがとれない。突破口への渇望が、主婦たちを犯罪へと突き動かす。

 作品を書く動機を、桐野さんは「母親たちはものすごく働いているのに、彼女たちの物語があまりない」と、自身の子どもが保育園のときに感じた疑問だったと明かす。

 父親が稼ぎ、母親は家事と子育て――そんな家族像は少数派になり、主婦たちは住宅ローンや教育費、家計の補助のためパート労働に。家族と低賃金労働の二つによる不安定さが増した。

     *

 小説では、ひとり親の主人公ヨシエは、つらい「現実を見ないようにすること」が生きる術(すべ)と考える。彼女は夫と死別だが、高度経済成長期に増えはじめた離婚は72年に年約10万8千組で、昨年は約21万組に。立教大の湯沢直美教授(58)=社会福祉学=によると、80年代後半から財政支出を抑えるために、家庭を重視する「家族主義」が介護などで強調された。主に生別の母子家庭に支給されてきた児童扶養手当制度では、85年の改定で支給額が抑制された。生別の母親にスティグマ(烙印〈らくいん〉)を負わせるような改定が続いていく。

 一方、女性の非正規雇用者は増え、昨年は1475万人と10年間で275万人増加。女性のひとり親家庭の貧困がクローズアップされ、子どもの貧困にも光が当たるようになった。独立行政法人労働政策研究・研修機構」によると、母子家庭の相対的貧困率は2018年、51・4%と半数を超えている。湯沢さんは「貧困は人々を抑圧し、意欲を奪う。弱い個人に押し寄せた歪(ひず)みはあらわだ。コロナ禍では経済給付に加え、緊急避難できるシェルターや居住保障も重視しないと、生存は守られない」と指摘する。

 ある地方都市のクラフト作家の女性(46)は、離婚して高校1年の長男と暮らすひとり親だ。約180万円の年収を得ていた作品の展示販売会がコロナの影響で中止に。マスクを作り、生活費に充てる。「カツカツの生活が立ちゆかなくなったら、私の食事を削るしかない」と漏らす。

 小説のタイトル『OUT』は「女性の心の空洞」を表現したと、桐野さんは明かす。作品から四半世紀近くたち、その「空洞」は、さらに広がっていないだろうか――。(平出義明)

 

 ■過酷な格差、コロナで相談急増 NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」理事長、赤石千衣子(ちえこ)さん(65)

 私自身、シングルマザーで、親たちが共同運営する保育所に子どもを通わせ、保育者として働いていました。改定されませんでしたが、未婚の母に児童扶養手当が支給されなくなるかも知れないと聞き、「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の前身「児童扶養手当の切り捨てを許さない連絡会」に1984年に加わりました。「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」が94年に設立され、ひとり親家庭の母と子どもを支援しています。

 男女や正規・非正規の賃金格差は女性やひとり親に過酷に影響します。子育てと両立しやすいパート主婦に合った労働を企業がつくり、蔓延(まんえん)させました。パートやアルバイトで働く母子世帯の母親の年間就労収入は平均で133万円。子どもと暮らすには、どう見ても少なすぎるでしょう。でも、技能を上げることもなく預貯金もできない、その求人にシングルマザーは応じざるをえないのです。まずは、賃金を上げるような仕組みが必要です。

 コロナ禍の影響で、昨年1年間に265件のメール相談が、今年4~5月だけで469件と急増。相談の電話も多い。「子どもに食べさせるため1日1食です」「職場の都合で休職となり収入がない」といった生活の困窮を訴える内容が7割です。ひとり親を含めた、低所得世帯への現金給付など所得再分配策は1度では足りません。さらなる充実が必須です。

 ■本の内容 深夜の弁当工場で働くパートの女性が、夫を殺害したパート仲間に助けを求められ、それぞれが抱える、どうにもならない日常から抜け出すカネのために死体を解体する。犯罪に手を染めていく普通の女性たちの心理描写が斬新と評価されている。

 ■女性や家庭の貧困・格差をめぐる動き

1946年  (1)最低生活の保障(2)国家の責任(3)在留外国人を含む絶対無差別の生活扶助三原則にもとづく旧生活保護法制定

  50年  憲法25条を受け、生存権を保障する生活保護法制定

  60年  所得倍増計画を決定

  60年代 高度経済成長によって経済格差縮小

  62年  児童扶養手当法の施行

  70年代 「一億総中流」時代。「国民生活に関する世論調査」で生活程度を「中」とする回答が9割に達する

  85年  児童扶養手当の改定で、遺族基礎年金の支給対象であった死別の母子家庭と、生別の家庭では差が生じる

  90年  バブル経済の崩壊

2002年  児童扶養手当の給付を抑え、自立支援策を強化

  06年  「格差社会」が流行語に

  08年  リーマン・ショックで株価暴落

  14年  子どもの貧困対策法施行

     *

 時代の栞(TOKI NO SHIORI)〕